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<概要>
 地下水資源の開発及び有効利用のためには、あるいは廃棄物の埋め立て処分の環境影響評価のためには、対象区域での局所的な地下水の流れだけでなく対象域を含むより広域的な地下水の流動状況の把握が必要である。地下水の流れを追跡するための有効な手段として各種のトレーサ利用がある。それらの中で天然起源の放射性同位体を利用する方法は、それが水と同様の挙動をとる場合、長期評価に効果的な利用法であり、地下水の流域区分や地下水起源の推定及び地下水年代(滞留時間)の推定に有用である。利用されている放射性同位体にはトリチウム14C、36Clなどがある。天然起源の放射性同位体を利用する年代測定法では、個々の放射性同位体それぞれに、精度に関わる固有の課題がある。
<更新年月>
2010年12月   

<本文>
1.はじめに
 地下水研究では、流動プロセス、水収支、起源、化学反応、年代などの解明を目的として、また、地下水利用では、産業・一般廃棄物等の埋立処分に係る環境影響評価が、水質汚濁防止の緊急重要課題であり、地下水の流れを追跡する有効な手段として各種のトレーサ利用がある(表1)。中でも天然起源の放射性同位体(それが水と同様挙動をとる場合)を利用する方法は、地下水起源の推定、地下水年代(降雨の地下浸入後採地点到達までの滞留時間)の推定に有用である(表2)。環境放射能測定による地下水年代測定適用で注意すべきことは、1952年からの大気圏内核兵器爆発実験による環境放射能値の急上昇とこれに基づく1960年頃の降下による放射能ピーク値の影響があり、また、火成岩中ウランの放射能に基づく注目同位体の原位置生成がある。従って、それらの影響を考慮(必要に応じて補正)し解析すべきである。
2.環境放射能測定による地下水年代測定の考え方
 地下水年代測定の考え方(図1)では、放射性同位体の初期濃度Coと採取位置での測定濃度Ctならびに放射性同位体の壊変定数λから、年数=(1/λ)・In[Co/Ct]という式により地下水の年代が求められる。娘核種や子孫の核種を利用して年代測定を行う場合は、放射性壊変の式に各数値を代入して計算される。一般に、浸透地下水の同位体初期濃度は、宇宙線の作用による大気中起源を仮定し、さらに地下滞留時間による壊変を仮定する。地下水の流動は、ダルシー則(透水係数と動水勾配で計算)で解析する。放射能測定用試料採取時には撹乱を避け、測定器感度や精度を高める。特にアルゴン、クリプトンのような希ガス等の採取・測定では良好な気密状態を保つようにする。解析精度によっては、それらの地下水中の拡散を考慮する必要がある。
3.トリチウムによる年代測定
 トリチウム(3H、略号T)は、平均エネルギー5.6keVの弱いβ線を放出し、12.3年の半減期で壊変する放射性同位体である。トリチウムは、大気上層中で宇宙線中の中性子と窒素や酸素原子核との衝突作用によって生じ、HTOとして降水中に含まれ自然界の水循環系に取り込まれている。このトリチウムがトレーサーとして使用される。代表的な測定法は、地下水を密封容器に採取し、シンチレーターを含むトルエンのような有機溶媒に抽出して低バックグラウンド液体シンチレーション計数器により測定する。このようにして求めたトリチウム濃度を初期濃度と比較し、数十年程度の比較的短い年代の測定が行われる。大気圏内核爆発実験の影響で、10TU(1TU=1トリチウム原子/1018水素原子)以下の程度であった地表水中のトリチウム濃度が最高値で数千TUにまで増加したことがあり、その影響からトリチウム単独では、年代測定への使用は困難とされていた。
(1)北岡、吉岡は、河川の流出解析法(タンクモデル)を基礎としたトリチウムモデルを開発し、特定地域内で多数のトリチウム濃度を測定し、得られたデータをトリチウム経年変化カーブにフィッティングさせる方法(距離を横軸にとり、これをトリチウム濃度が経過時間を横軸にしたトリチウム減衰の経年カーブに一致するようスライドして一致させ、この操作により測定孔間の時間経過を推定する方法)により、六甲山系の地下水の循環速度が50年程度と推定し、富士山周辺の三島溶岩流の上流部中に30年以上の滞留時間を有する浅層地下水の存在を推定している。しかし、トリチウムを用いた滞留時間推定法は、降水のトリチウム濃度がほぼ天然レベルまで低下した国内の現状では適用が難しくなったため、トリチウム/3He、36Clなどのトレーサーが利用されるようになってきた。
(2)トリチウム(3H)と3Heを測定する方法では、トリチウムがβ壊変して3Heに変わることに着目して、採取地点で採取した地下水中の3Hと3He濃度を測定し、トリチウムを含む降水が地下に浸透したときの初期トリチウム濃度を一義的に決め、年代を推定する方法である。地下水年代は、次式で得られる。
 期間=17.69 ln{4.01×[(3Hから生成した3He量)/(地下水中の3H濃度)]×1014+1}
 馬原らは、この方法により富士山周辺の三島溶岩流の地下水について年代を測定して10年という結果と地下水流動区分を得(図2図3)、また熊本平野では1〜10年という結果を得ている。
 放射性壊変起源のヘリウム4は、地殻内部で生産され、深層地下水系内に蓄積されてゆく。したがってヘリウム4の蓄積率が分かれば、非常に長い滞留時間を推定することができる。放射性塩素は〜100万年といった非常に古い地下水の年代測定に用いられる。
4.放射性炭素による年代測定
 14Cは、β放射体で半減期は5730年で、空気中窒素(14N)に対する宇宙線の作用により生成する。土壌中のCO2は生物活動に由来し、この生物起源の14CのCO2が地表からの浸透水に溶解し、地下水に供給されて初期濃度が定まるとの仮定で、地下水採取位置までの滞留時間(数万年に至る古い地下水年代)の測定が行われている。14Cは、その測定例が最も多い放射性同位体である。放射能測定にはふつう液体シンチレーション法が用いられる。14Cもまた、大気圏内核爆発実験によって生成した影響があり、このため比較的古い地下水年代測定に有用である。測定地域の特性によっては、炭酸塩鉱物や化石植物を浸透した地下水、花崗岩地下水中(表3)のように、原位置生成・付加14Cの補正が必要なことがある。
5.81Kr、36Cl等による年代測定
 81Kr、36Clなどが地下水年代の測定に利用できる(表2)。ともに半減期が10万年以上であるので、さらに古い年代の測定に適している。環境放射能としては極めて微量であり、高感度測定法が必要である。それらには適用性と適用限界がある。
(1)81Krは、大気上層で宇宙線の作用により生成し、半減期は21万年で、1万年〜10万年程度の測定に適している。その測定ではレーザー光を利用した同位体濃縮と共鳴イオン化分光法(RIS)とを組合せ、10L(リットル)程度の試料で同位体濃度比(81Kr/Kr)10−13レベルが測定できる。Lehmanらは、カナダ・マニトバのミルキーリバー帯水層中地下水について、本手法で140万年という値を得、次に述べる36Cl法による値の100万年とよく一致した。測定対象が溶存希ガスであるので、採取時の脱ガスに注意が必要である。
(2)36Clは、大気上層での宇宙線により40Arや38Arから(宇宙線核破砕により)生成し降水とともに地下水に供給されるもので、半減期が30.8万年なので、5万年〜200万年程度の測定に適している。その測定は、加速器質量分析法(Accelerator Mass Spectroscopy:AMS、通称タンデム質量分析器を使用)により同位体濃度比(36Cl /Cl)として10−15程度を検出、測定できる。Bentlyらはこの手法により、オーストラリアのグレートアーティシャン盆地の地下水で10万年〜100万年の値を得、この地下水がクィーンズランドを横切り、南オーストラリア州、ニューサウスウエルズ州に向かい1000kmを100万年程度で流れるものとの結果を得ている。この結果は、ダルシー則を基本とした地下浸透流解析結果と、年代にして2〜3倍の範囲で一致したとしている。Maharaは、Great Artesian Basin, Australia(図4図5)で、ジュラ紀の砂岩の帯水層を対象に36Cl/Clを指標にして(3H,2H,3He,4He,14C,18Oを併用)地下水の年代測定を行い、36Cl/Clの初期比率Roとして200×10−15、現実的平衡値Rseとして5.7×10−15、改変係数として2.30×10−6を使用し、次式、
 期間=−(1/λ) ln (R−Rse)/(Ro−Rse))
から年代(滞留期間)を求めたところ、36Cl年代は、1万年〜20万年の間で、水文学的に求めた年代(14C年代を含む)と多少のズレがあるが、直線に近い関係を得ている(図6)。一方、馬原らは、スウェーデンのエスポー島ハードロック地下研究施設におけるトンネル掘削が及ぼす地下環境の動体変化を36Cl測定法と希ガス測定法を併用して測定したが、花崗岩中で発生する中性子による放射化によって原位置で発生する36Cl原子の数が宇宙線起源の36Cl原子の数を上回ることが分かり、花崗岩中での36Cl地下水年代測定法の適用は14C測定法とともに適用が困難との結論に達している。
<図/表>
表1 地下水調査に用いられるトレーサ
表1  地下水調査に用いられるトレーサ
表2 地下水年代測定に活用される放射性核種とその測定範囲
表2  地下水年代測定に活用される放射性核種とその測定範囲
表3 大気起源とストリッパ鉱山花崗岩地下水中での原位置生成放射性核種の量(Andrewsより作成)の比較
表3  大気起源とストリッパ鉱山花崗岩地下水中での原位置生成放射性核種の量(Andrewsより作成)の比較
図1 地下水の流れと地下水年代測定の考え方
図1  地下水の流れと地下水年代測定の考え方
図2 三島溶岩流地下水の年代測定結果
図2  三島溶岩流地下水の年代測定結果
図3 三島地下水サンプルの同位体比
図3  三島地下水サンプルの同位体比
図4 調査地域と1970年代に観測された地下水ポテンシャル分布
図4  調査地域と1970年代に観測された地下水ポテンシャル分布
図5 調査帯水層におけるCl-36濃度(Cl-36/Cl比)分布
図5  調査帯水層におけるCl-36濃度(Cl-36/Cl比)分布
図6 流体力学的年代とCl-36測定年代の関係
図6  流体力学的年代とCl-36測定年代の関係

<関連タイトル>
放射線測定による年代推定 (08-04-01-11)
ラドンの水循環解析への応用 (08-04-01-21)

<参考文献>
(1)北岡 豪一ほか:トリチウム濃度から推定される六甲山系の水循環の速さについて、日本地下水学会会誌、Vol.26、p.131-145(1984)
(2)Bentley et al.:Water Resour. Res., Vol.22, p1991-2001(1986)
(3)Lehman et al.:Appl. Geochem., Vol.6, p419-423(1991)
(4)馬原 保典ほか:三島溶岩流内地下水の年代について、地下水学会誌、Vol.35、p.201-215(1993)
(5)吉岡 龍馬ほか:同位体組成から推定される地下水の流動系について−三島市及びその周辺地域を例にして−、地下水学会誌、Vol.35、p.271-285(1993)
(6)馬原 保典:電力中央研究所報告、研究報告U94027、p.1-32、(財)電力中央研究所(1994)
(7)馬原 保典:溶存希ガスを用いた地下水年代測定法の開発−溶存キガス地下水調査法の体系化−、電力中央研究所報告、研究報告U97052、p.1-30、(財)電力中央研究所(1995)
(8)Mahara et al.:Environ. Geol., Vol.25, p215-224(1995)
(9)馬原 保典:環境放射能測定による地下水年代の推定 トリチウムと溶存ヘリウムの活用例、Radioisotopes、日本アイソトープ協会、Vol.45、p.435-445(1996)
(10)Mahara et al.:Dynamic changes in groundwater conditions caused by tunnel construction at the Aespo Hard Rock laboratory, Sweden, INTERNATIONAL COOPERATION REPORT, SKB 98-04, p1-36(1998)
(11)馬原 保典ほか:スウェーデン・ハードロック研究施設における高レベル廃棄物処分のための国際共同研究(その3)−トンネル掘削が及ぼした地下水環境の動的変化−、電力中央研究所報告、研究報告U98035、p.1-28、電力中央研究所(1999)
(12)Shimada et al.:Use of Cl-36 Age to Compile the Recent 200 k Year Paleohydrological Information from Artesian Groundwater in Great Artesian Bassin, Australia:Proc. Int. Symp. On Groundwater in Env. Problems, Chiba Univ./Japan/12-14 Jan., 1999
(13)風早康平 他:同位体・希ガストレーサーによる地下水研究の現状と新展開、日本水文科学会誌 Vol.37(2007)No.4, p221-252、

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