<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 セルロースやキチン質などの多糖類は、世界各地で大量に産出される再生可能な天然高分子である。これら多糖類の有効利用は資源のリサイクルのみならず公害防止の面からも重要であり、放射線の殺菌効果及び改質効果が活用されている。放射線殺菌の利用では、オイルパーム廃棄物やバガス等のセルロース質廃棄物を殺菌処理した後、有用微生物を用いた発酵による飼料化やキノコ生産が可能である。改質効果では、放射線分解した各種多糖類による植物成長促進効果や抗菌活性などが認められ、食糧の増産や保存への応用が検討されている。
<更新年月>
2001年12月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.背景
 セルロースやキチン質などの多糖類は、自然界に大量に存在する再生可能な天然高分子である。これら多糖類は多くが廃棄・焼却され環境汚染の原因ともなっており、多糖類の有効利用が、資源のリサイクルのみならず公害防止の面からも重要である。放射線は強力な殺菌や分解効果を有し、連続、大量処理が容易にできるため、飼料や食糧の生産や保存への応用が進められている。
2.研究の現状
2.1 セルロース質廃棄物の有効利用
 各種農林産廃棄物の中で、バガス(*2)、藁、もみ殻、オイルパーム廃棄物(*1)等のセルロース質廃棄物は、地球上で最も大量に産出される再生可能なバイオマス資源の一つである。これらセルロース質廃棄物は主として焼却処分されており、煙公害などの環境汚染を引き起こしている( 図1 )。資源のリサイクル及び環境汚染防止の両面から、農林産廃棄物の有効利用が検討されてきた。放射線処理はセルロース質廃棄物の発酵工程の前処理法として有効であり、飼料、キノコ、アルコール等の生産に関する検討が行われた。放射線照射したセルロース系原料は機械的粉砕が容易となり、線量の増加と共に粒度が細くなり、酵素による糖化率が著しく増大する( 図2 )。しかし、この場合100kGy以上の高線量が必要であり、経済性の面で実用化は難しい。これに対し、放射線をオイルパーム廃棄物やバガスの殺菌手段として用いる場合には、一般糸状菌は、5kGyで検出限界以下にまで殺菌できる。細菌類は10kGyの照射で6桁程度の菌数を低下させることができるが、10〜30kGy程度の線量で十分な効果が得られる( 図3 )。放射線殺菌と有用微生物による発酵処理を利用して、オイルパーム廃棄物から飼料やキノコを生産する工程の概略を 図4 に示す。この処理により、粗繊維含量は47%から34%に減少し、タンパク含量は11%にまで増大するという結果が得られており、飼料としての価値を高めることが可能である。また、ヒラタケなどのキノコ類の栽培にも適しており、キノコの生産と同時に廃培地を飼料として用いることも可能である( 図5 )。
2.2 キチンおよびキトサンの有効利用
 エビやカニの甲羅から得られるキチン質(*3)は、セルロースと同様自然界に大量に存在するバイオマス資源である。キチン質は難溶性のため利用が遅れていたが、近年、その生物活性が注目を集め、医薬品、化粧品、食品などの分野で活用されるようになってきた。キチンの脱アセチル化によって得られるキトサンは、放射線分解によって低分子化させることにより、凝集材としての改良、抗菌活性の増大や植物の成長促進効果などの新しい機能が発現する。
 キトサンの分子量は、固体及び水溶液状態とも線量の増大とともに減少する。未照射キトサンの分子量は約40万であるが、固体状態で500kGy、1%水溶液で20kGy照射することにより約10,000にまで低下した( 図6 )。放射線分解により低分子化したキトサンを培地に30ppm添加することにより、大腸菌E.coliの生育を抑制する効果が認められた( 図7 )。糸状菌(カビ)に対してもキトサンによる生育抑制効果が認められ、照射によってその効果が増大した。果実貯蔵への応用として、マンゴーのコーティング剤としての効果を検討した結果、照射キトサンでは長期にわたり腐敗は認められず、自然の熟成とほぼ同じ品質を保つことができた。照射キトサンは、抗菌活性の増大とガス透過性の改善効果などにより、マンゴーのコーティング剤として有効である。
 植物に対しては、照射キトサンの植物成長促進効果や抗菌物質の誘導効果などが認められた。植物は、害虫や病原菌などの外敵の侵入によって生ずる分解多糖類をシグナルとして感知し、抗菌物質(ファイトアレキシン)などを誘導して自らを守る防御機能を有している。エンドウの抗菌物質であるピサチン誘導活性は、1000kGy照射キトサンで非常に高い活性が得られたが、2000kGy照射したキトサンでは著しく活性が減少した( 図8 )。また、照射キトサンを植物の水耕栽培液に100〜150ppm加えることにより、イネの成長が促進された( 図9 )。照射キトサンは、イネのバナジウム(V)や亜鉛(Zn)などの重金属による障害を抑制する効果も発現した。これら放射線分解した多糖類の障害抑制剤・生育促進剤としての応用が期待される。
3.今後の展望
 セルロース廃棄物の放射線殺菌と発酵処理による有効利用を実用化するためには、大量処理技術の開発等、コストの低減化を図ることが重要である。オイルパーム廃棄物の飼料化に関して、マレーシアでパイロット試験が行われており、ベトナムやフィリピンでも本技術を用いたキノコ生産の実用化が検討されている。また、放射線分解キトサンは、植物成長促進剤や障害抑制剤としての農業利用ばかりでなく、抗菌活性を利用した医療分野への応用も期待される。

[用語解説]
(*1)オイルパーム廃棄物:
 パーム油生産工場でまとめて大量に排出され、搾り粕である果肉繊維及び空果房の二種類の主要なセルロース質廃棄物がある。
(*2)バガス:
 サトウキビの搾り粕であるセルロース質廃棄物である。
(*3)キチン質:
 エビやカニの甲羅、昆虫の外皮等に含まれる多糖類で、セルロースと同様大量に存在するバイオマス資源である。
<図/表>
図1 オイルパーム廃棄物の煙公害
図1  オイルパーム廃棄物の煙公害
図2 米もみ殻の粉砕時間と糖化率の関係
図2  米もみ殻の粉砕時間と糖化率の関係
図3 放射線によるオイルパーム空果房(EFB)の殺菌効果
図3  放射線によるオイルパーム空果房(EFB)の殺菌効果
図4 オイルパーム空果房(EFB)の飼料化処理工程
図4  オイルパーム空果房(EFB)の飼料化処理工程
図5 オイルパーム空果房(EFB)のキノコ菌による発酵処理産物
図5  オイルパーム空果房(EFB)のキノコ菌による発酵処理産物
図6 キトサンの放射線処理による分子量低下
図6  キトサンの放射線処理による分子量低下
図7 放射線処理キトサンの抗菌活性
図7  放射線処理キトサンの抗菌活性
図8 照射キトサンによる抗菌物質ピサチンの誘導
図8  照射キトサンによる抗菌物質ピサチンの誘導
図9 照射キトサンによるイネの成長促進効果
図9  照射キトサンによるイネの成長促進効果

<関連タイトル>
食品に対する放射線照射(食品照射) (08-03-02-01)
海外における食品照射の現状 (08-03-02-05)

<参考文献>
(1) 久米民和:放射線と産業、No. 67, 17 (1995).
(2) 久米民和:FF(原研広報誌)、No. 34, 5 (1997).
(3) M.Kumakura, T.Kojima, N.Kasai and I.Kaetsu: Appl. Radiat. Isot., 37, 513 (1986).
(4) S.Matsuhashi and T.Kume: J. Sci. Food Agric., 73, 237 (1997).
(5) T.Kume, H.Ito, I.Ishigaki, M.LebaiJuri, Z.Othman, F.Ali, H.H.Mutaat, M.R.Awang and A.S.Hashim: J. Sci. Food Agric., 52, 147 (1990).
(6) 伊藤均、M.R.Awang、久米民和、石垣功:食品工誌、36, 643 (1989).
(7) T.Kume and N.Tamura: Starch, 39, 71 (1987).
(8) T.Kume and M.Takehisa: Proc. 2nd Int. Conf. Chitin/Chitosan, ed. by S.Hirano and S.Tokura, p.66, (1982).
(9) 久米民和、武久正昭:食品工誌、29, 730 (1982).
(10) L. X. Tham, N. Nagasawa, S. Matsuhashi, N. S. Ishioka, T. Ito and T. Kume: Radiat. Phys. Chem., 61, 171 (2001).
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ