<本文>
1.耐放射線性
一般論として、ガラスを素材とする光ファイバは放射線に弱いものとの印象を持たれてきた。これは、光ファイバ内に予め存在する不純物や初期構造欠陥が、放射線によって、電子やホールを捕捉しカラーセンターを形成し伝送特性を低下させるもので、光ファイバの宿命ともいえる現象と捉えられてきた。光ファイバの耐放射線性とは通常この問題を指し、カラーセンター生成の要因となる欠陥形成の機構解明と、その生成抑制の技術開発が耐放射線性向上のキイポイントとなる。この点については、近年目覚ましい進展があり、
原子炉の炉心内での実験にも使用する例がでてきた。
放射線に強い光ファイバは、初期不完全構造が少なく、且つ組成構造が単純で共有結合性が強い素材で製造する事が肝要である。この点で、ドーパント(ガラスの屈折率を変える為にコアや
クラッドに添加する物質)や不純物を含まない高純度石英ガラス(SiO
2)を素材とすることが、耐放射線性の面で優位性があるといえる(参考文献1、2)。しかし、高純度石英ガラスといえども製造の際に、酸素欠陥、非架橋酸素、過酸化酸素、水酸基OH、酸素および水素分子の拡散、出発原料の四塩化珪素(SiCl
4)などに起因する微量な不純物の混入により、種々の不完全構造が存在する。さらに、幾つかの製造工程を経て実際に光ファイバとして線引き(Drawing)する際の速度や、温度管理もSiO
2ガラス結合の良否に大きく影響する。これらにより導入された欠陥の多くは、初期構造欠陥として電荷捕獲準位となりカラーセンターを形成する。したがって、単純に素材の純度だけで耐放射線性の良否を判断することは難しく、初期構造欠陥の少ない光ファイバを作製するには、製造のノウハウに係わる部分が大きい。
放射線の
照射により新たに生成する欠陥について、SiO
2ガラスを例に見る。SiO
2結合は模式的に(≡Si−O−Si≡)で表されるが、この結合は放射線によって、
≡Si−O−Si≡ → ≡Si および ≡Si−O
として、2分される割合が最も大きい。前者の電荷捕獲がE’センター(≡Si
・)215nmで、後者が非架橋酸素正孔センターNBOHC(≡Si−O
・)260、630nmとなる。その裾引きにより紫外領域から可視域に至る短波長領域に大きな吸収を生じる。一般的な例として、放射線を照射した際に生じる伝送特性への影響(誘起損失)を
図1に示す(参考文献1)。
耐放射線向上の技術として、放射線により生成する新たな欠陥を、他の分子やイオンの結合によって埋め、電荷捕獲を抑制する方法が考えられる。従前から、光ファイバ内に水酸基OHや水素H
2を拡散させる方法が提案されており、特にOH基による抑制法が良く知られている(参考文献3)。10^6Gy程度の照射に耐える光ファイバが容易に得られるようになり、
原子力施設での利用に道を拓いてきた(参考文献4、5)。しかし、OH基は945nm、1240nm、1390nmなどの波長に大きな吸収を生じるため、300nm〜1700nmにもおよぶ広い波長領域で使用できる光ファイバの特長を有効に利用するには制限がある。
新しい方法として、フッ素Fをコアに拡散する電荷捕獲抑制法が好結果を得ている。SiO
2ガラスの初期欠陥および照射欠陥の生成を、Fの拡散により、
≡Si → ≡Si−F
≡Si−O → ≡Si−F + O
の結合形態とする方法である。E’センターおよびNBOHCの生成を大幅に抑制することができ、格段の耐放射線性を示す光ファイバが得られるようになった(参考文献6)。
図2は、SiO
2ガラスにおけるE’センターやNBOHCの欠陥形成抑制法を示す模式図である(参考文献6、7)。
その例として、コアSiO
2に1.6wt%、クラッドSiO
2に5.6wt%のFを拡散した光ファイバを作製し、
中性子および
γ線が混在する原子炉の炉心内で〜10^24n/m^2、〜10^9Gy以上の重照射実験で好結果が得られた例が報告されている。
図3は、旧原研(現:日本原子力研究開発機構)の研究用原子炉JMTR炉心における重照射結果で(参考文献6、7)、従来の耐放射線性を付加した光ファイバとの比較で誘起損失の波長依存性を示している。NBOHCに起因する損失が残るが、大幅に改善されていることがわかる。原子炉炉心においても使用可能な状況になったといえる。
2.耐熱性
原子力工業分野では、耐熱性の強化も重要な課題である。光ファイバの基本的構造は石英ガラス(SiO
2)であり耐熱性に優れると考えられる。実際の製造も1000℃以上の高温によってなされる。しかし、これまでの実用は室温近辺のみであり、高温での利用はあまり例をみない。高温利用に際しては、水冷却などの手法により光ファイバ自身の温度を下げる方法なども試みられていた。これは、光ファイバの物理的強度と伝送特性を担保するため、被覆材(Jacket,Sheath)として有機材が主として用いられたことによる。軽水発電炉などでの使用を考えた場合、耐熱性は350℃程度で良く、ポリイミドに代表される芳香族系プラスティックや金属シース(例えばアルミニウムAl)を施すことによって対応できる。より高温を目指す炉内での使用(例えばγサーモメータ)においては、特殊な方法で光ファイバ表面にカーボン被覆を形成するなどで耐熱性を得なければならない。
むしろ高温下では、熱的に非平衡である石英ガラス(SiO
2)の構造変化が、放射線によって生じた電子・正孔対の捕獲作用に及ぼす影響が懸念される。一般的に、放射線によって生じた電子・正孔対は温度の上昇と共に、その再結合速度を速め欠陥構造に捕獲される割合は減少する。言い換えれば高温下での耐放射線性は良くなる傾向にあると見られるが、Si
22内に存在する種々の欠陥構造は、逆に複雑な振る舞いを見せ単純ではない。また、体積の膨張、収縮などによるコア/クラッド界面の損傷などによる透光性の減少なども考えられ、耐熱性向上の技術開発も重要な課題となる。一例として、
図4にγ線照射下における純粋石英(SiO
2)コアファイバの吸収スペクトルの温度特性を示す(参考文献8)。300℃において大きなNBOHC(630nm)吸収を現している。最も良好な特性を示す温度は約80℃である。短波長や可視領域波長を利用するときには注意が必要である。700nm〜800nm以上の長波長領域では、温度による特性上への影響は少ない。
3.放射線場における光ファイバの利用形態
光ファイバの特徴を有効に利用できれば、原子力工業界にとってもこの上ないメリットをもたらす。ネックとなった耐熱・耐放射線性の向上により、原子炉環境の高レベル放射線場に適合する光ファイバも容易に選択できるようになった。また、
核融合炉のITER開発など国際的な枠組みの中でも、光ファイバは重要なコンポーネントとして取り上げられ、強放射線場における新しい利用技術として展開できるよう、今まで不可能と考えられていた原子炉の炉心内で光ファイバ実験などが進められるようになった。
光ファイバの利用形態としては、光信号の伝送媒体をはじめ、光ファイバ自身の持つ量子的効果をセンサ機能として、広範・多岐なパラメータ計測に利用することも可能である。また、画像を直接伝送する媒体としての利用も広く行われている。
(1)信号伝送用
信号伝送は光ファイバ本来の利用形態である。
図5に示すように、
原子力発電所における計測制御設備の装置間を結ぶ光多重伝送ラインなどに利用されている(参考文献4、5)。優れた光ファイバの伝送特性は膨大な信号の多重化を容易にし、装置間を結ぶケーブルの大幅削減や電磁誘導雑音による誤作動の防止などに役立っている。原子力発電所のような大きなプラントでは、電気計装設備の扱う情報量も膨大であり、同時に多重伝送することが欠かせない。光ファイバ利用のメリットは特に大きく、設備のコスト低減ばかりでなく運転性能や信頼性の向上にも寄与する。
(2)センサ機能の利用
量子的な現象として光ファイバは、放射線や温度、圧力など種々のパラメータに感受性を持っており、この機能を利用して各種のセンサや計測技術への展開がはかられている。光ファイバにレーザ光を透過させ、温度や圧力、歪などを加えると、光ファイバ内で偏光、散乱、波長シフトなどの現象が起こる。また、放射線を当てると光ファイバ自身が発光し、その強度は放射線の強さに比例する。これらの現象を利用すれば、光ファイバ自身をセンサ要素とすることができる。測定対象の温度や放射線は同時に光ファイバに加わるが、それぞれ異なる現象を利用すれば同時に測定することができる。さらに、数km〜数十kmに及ぶ長さの「何処」で「どのような分布」で起きているかも測定できる。光ファイバの量子的現象をセンサ要素とした場合、一般的に知られている機能分類や測定対象をまとめ、
表1に示す。
(a)臨界集合体内中性子束分布の測定例(参考文献9、10)
光ファイバに超小型の発光センサ(シンチレータなど)を付けて、運転中の京都大学の臨界実験装置内の中性子束分布を測定した例を、
図6に示す。光ファイバの先端にZnS(Ag)シンチレータと中性子受感物質
6Liの化合物LiOHを付け、臨界実験装置の炉心中央部分を走査した結果である。1mmにも満たない細さの光ファイバセンサーは、間隔がわずか2〜3mmの燃料体間を簡単に走査でき、従来の金線放射化による方法では最低でも4〜5時間かかっていた測定時間を、10分程度に短縮することができた。さらに、燃料構造間の微細な中性子束分布の変化も観測できる分解能が有り、この方法は光ファイバの持つ小型、軽量、柔軟性を十分に発揮した測定法といえる。
(b)炉心内での実験例(参考文献11)
耐放射線性および耐熱性の向上に関連して、原子炉内での利用に道を拓くにも実験の成果が得られている。
図7は、旧原研(現日本原子力研究開発機構)の研究用材料試験炉JMTR炉心において、光ファイバの先端に小型のアルミナ系の黒体を着け、これをセンサとして熱放射光による温度測定を行ったデータである。光ファイバ先端に添わせた熱電対温度との比較において殆んど誤差は無く、10^18n/cm^2sを超える中性子束密度の中で、600℃を越える温度測定が可能であることを示している。動力用原子炉の将来的な計装として、炉出力をγ線レベルによる発熱で計るγサーモメーターが提唱されているが(参考文献12)、本例はそのまま適用できる方式となる。
(3)画像の直接伝送(参考文献5)
光ファイバの伝送できる光の波長帯域は300nm〜2000nmにも及ぶことから、画像を直接伝送するイメージガイドとしての利用形態がある。これは、多数の光ファイバを束ねて(1本1本を画素と呼ぶ)両端の配列を正確に対応させ、一方に結んだ像を他方に伝送する構造で、細く柔軟な特長を生かし対象物に直接近づけることができる。特に放射線環境下では、CCDカメラなどの半導体製品に比べ劣化が極めて少なく、狭隘な場所でのロボット利用や観察・診断に広く利用されている。故障や不具合により、運転停止中の
炉内構造物や
燃料要素の観察などには、特に威力を発揮する(
図8)。
(前回更新:2002年1月)
<図/表>
表1 光ファイバをセンサとした場合の機能分類
図1 各種光ファイバのγ線照射後における誘起損失
図2 石英ガラスの放射線照射による欠陥形成とその抑制法
図3 耐放射線性光ファイバの新旧比較
図4 γ線照射によるSiO
図5 原子力発電所(BWR)における総合デジタル監視システム基本構造
図6 光ファイバのセンサ機能の例(京都大学臨界実験装置炉心での中性子束測定)
図7 光ファイバの熱放射光を利用したJMTR炉心のγ線分布の測定(ガンマ・サーモメータへの利用)
図8 ファイバスコープによる燃料集合体観察の概念図
<関連タイトル>
耐放射線材料(有機材料) (08-04-02-04)
<参考文献>
(1)E.J.Friebele and M.E.Gingerich:J. Non-Cryst. Solids,38 & 39,245(1980)
(2)T.Kakuta,K.Sanada,et al.:J. Lightwave Technol.,LT-4,No.8,1139-1143(1986)
(3)中居、徳永、石川:石英系光ファイバのγ線照射特性、電気学会研究会資料、EIM-82-28(1982)
(4)矢作吉之助:原子力学会誌、Vol.27、No.9、p.768-803(1985)
(5)耐放射線性誘電・絶縁材料調査専門委員会:電気学会技術報告、II部、316号、p.61-94(1989年2月)
(6)T.Kakuta,T.Shikama,et al.:1994 IEEE Conference Record,Vol.1,NSS11-11,Oct.30,Nov.5,Norfork,USA,p.371(1994)
(7)角田、他:JAERI-conf. 95-002,p.28(1995)
(8)角田、F.Jensen、他:光ファイバの照射欠陥に及ぼす温度の影響、原子力学会1997秋の大会、C14(1997)
(9)角田:「特集:放射線センシングの発展と将来展望 ベクレルによる放射線発見から100年 3.光ファイバによる放射線センシング」、日本原子力学会誌、Vol.38、No.9、p.716-717(1996)
(10)C.Mori,et al.:J. Nucl. Sci.,31[3],248(1994)
(11)角田、山岸、他:光技術による原子炉計測システムの開発(VII)−炉内マルチ計測システム−、原子力学会2002秋の大会、I-34(2002)
(12)R.Raghavan,C.L.Martin,et al.:”Application of the Gamma Thermometer as BWR Fixed In-core Calibration System”,OECD Proc.,In-core Instrumentation and Reactor Core Assessment,203(1996)