<大項目> エネルギーと地球環境
<中項目> エネルギー政策
<小項目> 石炭政策
<タイトル>
主要国の石炭政策 (01-09-02-03)

<概要>
 石炭資源は開発途上国を含めて、世界中広く分布しており、膨大な埋蔵量がある。主要先進国では、石油依存度低減のため、石炭利用の拡大策が進められている。現在10指を数える主要輸出国があり、世界の需要を賄うに十分な供給力がある。価格も安定している。需要はアジア地域で拡大しつつある。主な輸入国では、国内炭生産への補助を制限する政策を採っている国が多い。生産国でも、電力産業など産業の改革、鉄道民営化、環境問題によって、石炭需要、石炭生産の構造変化が起こっている。今後の需給の動向を左右する多くの問題がある。
<更新年月>
2005年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.需給の現状
 1960年以前は、石炭の国際貿易は隣接する国同士の陸上輸送によるものが主流であった。1960年の世界の石炭貿易の半分以上は、ヨーロッパ、旧ソ連内での貿易であった。ドイツはOECD(経済協力開発機構)諸国への主要な輸出国で、ポーランドと旧ソ連が東欧への主な供給国であった。唯一の有意の石炭海上輸送貿易は、アメリカからのOECD諸国および日本への貿易であった。1960年代、OECD諸国でコークス原料炭の需要が増加したが、自国産の低価格の石炭不足から、海上輸送貿易を拡大した。1970年代、新興工業国の韓国、台湾、ブラジルがコークス原料炭の大きな輸入国となった(表1図1図2図3図4図5および図6)。
 1973年のオイルショック(石油危機ともいう)によって、石油火力発電所や石炭火力から安い重油燃料に転換した発電所の燃料を石油から石炭に転換する動きがあり、ついで、安い輸入炭を使った新石炭火力発電所建設へと発展した。この傾向は1979年の石油価格高騰と新石炭火力発電所の運転開始によって助長された。石炭価格は1982年にピークに達し、1980年代の後半は下落していった。1990年に少し回復し1995年までは再び下落していった(表2図7図8および図9)。
 1973年から1986年まで石炭貿易量は約90%増加した(図10)。海上輸送貿易は倍増し、世界の全生産量の8%に達した。2003年には世界の生産量の14.6%が輸出されている。石炭の輸入は供給力として一層重要になる一方、国内生産の経済性が問題になり、ドイツ、スペイン、フランス、イギリスは石炭産業の見直しを始めている。同様に、大量生産国ロシア、ポーランド、中国も輸入と国内生産の効率を検討している。
 1980年代前半に、南アフリカとオーストラリアがそのシェアを拡大する間に、アメリカとポーランドからの石炭輸出も増加した。その後アメリカの輸出は他の供給国との価格競争で減少した。絶対量は少ないが、中国、コロンビアも輸出を伸ばした。カナダもまた、主要輸出国としての地歩を固めたが、この年代後半には南アフリカ、コロンビア、中国にシェアを侵食された。アメリカとポーランド以外の輸出国は輸出量の定常的な成長を示している。
2.主要輸出国(図5参照)
 アメリカ:1970年代初期はアジアが主要な市場であったが1978年以降、西ヨーロッパが主要市場となっている。1981年に日本と台湾がコークス原料炭の輸入を増やした。1978年からしばらく、ポーランドの西ヨーロッパ市場からの撤退、イギリスの鉱山ストライキなどによって、順調な伸びを続けたが、1980年代半ばから南アフリカの一般炭やオーストラリアのコークス原料炭との競争にさらされた。
 石炭生産の81%は国内電力に売られている。1990年のクリーンエアー法の改正によって電力会社は低硫黄炭を多く使うようになり、1990年〜1995年の間に電力の高硫黄炭需要は26%減少し、低硫黄炭需要は20%増加した(表3)。この増加分の95%以上は電力に供給された。1992年のエネルギー政策法(Energy Policy Act)は電気産業の規制廃止を定め、電力供給を発電、送電、販売に分割した。1995年には連邦エネルギー規制委員会規定は送電網を競争的な参入者に解放した。これによって電力生産者はより低コストの発電オプションを探すようになった。高硫黄炭生産のうち東海岸地方は、ヨーロッパ(煙道ガス除去装置を使う)への輸出に活路を見出すと考えられる。実際1993年〜1995年の間に高硫黄炭のヨーロッパへの輸出は8.5百万トンから16.7百万トンと倍になっている。アメリカの輸出については低運航費とドルの交換比率が市場での貢献度を決める因子となると考えられる。電力規制廃止で鉄道運賃は安くなっている。アメリカの輸出は国内市場に比べると小さく、国内の事情によって揺らぐことが多い。2003年には、一般炭、原料炭の輸出量は世界の輸出量の3.6%、9.8%をそれぞれ占めている。
 カナダ:カナダは1960年までは生産量も1千万トンと低かったが、政府の石炭火力の奨励と日本の鉄鋼業との長期契約で、1970年代に生産と輸出を伸ばした。現在29の大規模(主として露天掘り)炭田がある。1980年代に太平洋岸から、日本と韓国、台湾等東南アジア、ブラジルへの輸出国としての地位を固めた。カナダの輸出は主としてコークス原料炭(83%)である。主たる炭鉱は一番近い国際貿易港から山間部を経由鉄道で約1000kmの距離に位置している。カナダ鉄道の民営化の成功が、輸送費の低減に影響を与えるものと思われる。輸送には3鉄道ルートがあり、カナダ政府はその内のひとつ、Canadian Nationalの財産所有権を1995年11月に売却した。これは鉄道の新生と運賃の低減につながると考えられる。カナダの輸出は長い輸送ルートと鉄道運賃が競争力を決めるものとなろう。一方、新規の炭鉱開発には厳格な環境影響評価が課せられている。2003年には、原料炭の輸出量は世界の輸出量の12.5%を占めている。
 オーストラリア:オーストラリアは急速に成長する世界市場に対応して、新規の低コストの炭鉱を開発し、1984年に米国の輸出国としての地位を奪った。初期は日本の鉄鋼産業へのコークス原料炭の輸出であったが、1980年半ばには、一般炭の輸出を伸ばし、1986にはほぼ半分(46%)近くにしている。オーストラリアは石炭消費の伸びが著しいアジア市場に近いという地理上の利点を持っており、石炭の生産地が積出港の近くにあり、鉄道や石炭ターミナルのインフラが整備されており輸送コストが安くかつ輸送能力が十分にありヨーロッパにも輸出されている。2003年には、一般炭、原料炭の最大輸出国で、輸出量は世界の輸出量の18.8%、57.5%とそれぞれ占めている。
 南アフリカ:南アは輸出を、1978年15百万トンから1986年の45.5百万トンと3倍に伸ばしている。1986年7月から1992−1993年まで続いた経済制裁にも拘わらず、すべての輸出契約は維持され、最低水準の範囲内で成長を続けた。しかし、制裁初期に、ヨーロッパ市場は縮小され、価格のディスカウントによってアジア市場に置換されていった。このアジアへのシフトは制裁の直前に始っており、1983年から1986の間に倍増している。ヨーロッパ市場の回復は1990年から始っている。制裁が解除され、アメリカが市場に復帰した1993年からは市場は正常な姿に戻っているように見える。輸出品質の石炭生産で排出される大量の廃棄炭は、国内の電力生産に使われている。この廃棄炭と灰分の多い石炭の有効利用が輸出競争力を支配するものとなろう。2003年には、一般炭の輸出量(71.7百万トン)は世界の輸出量の13.5%を占めている。
 インドネシア:1980年代に生産分与方式が導入され、外国企業が政府の石炭会社(PTBT)と契約し、鉱区使用権を得て、石炭を生産し、売買している。これらの企業は、石炭協力協定の以下のような制約のもとにある。契約者はインドネシアの法律に従った法人とする。協定は、探鉱から運営までの期間に適用するものとする。契約者の供給する全ての物件の所有権はPTBTにある。運営期間は30年とする。国内需要への対応が輸出に優先する。技術移転をすること。石炭産業改革を進める国を要求している。2003年には、一般炭の輸出量(90.3百万トン)は世界の輸出量の17.0%を占めている。
3.石炭産業改革中の国
 ヨーロッパ連合:ヨーロッパ連合(EU)は、高コストの炭鉱に国の補助をしようとするメンバー国に対してEC(European Commission:欧州委員会)に生産活動の削減計画を提出するよう義務づけている。提出された計画は、石炭生産活動の全面的または部分的削減によって起る社会的・地域的問題の解決に有益ならば、承認されることになる。ドイツ、スペイン、フランスおよびイギリスの補助金政策は、これに基づいて進められている。
 フランスは2005年までに石炭生産を止める計画である。ドイツは1994年にドイツ石炭産業への補助金にシーリングを導入した。1997年5月の石炭会社との合意では、1997年の8.91億DM(ドイツマルク)の補助金が、2005年には5.3億DM削減される。1996年以来、ドイツの電気製造業者は、石炭を自由に選択できるようになっている。スペインでは1995年法令により、石炭の補助金制度の見直しを定めた。1997年に政府は、電力セクターとの合意の枠組みの下に、10年間補助金を続けることを声明した。しかし、電力生産に使用する国内産の石炭の比率は、現在の40%から15%とすることとしている。イギリスでは、石炭生産の民営化が1994年に完了した。1993年の契約の価格が輸入炭の価格を超えているため、実効的な補助金は継続されている。1998年に補助金は打ち切りになっている。露天堀の石炭は炭鉱からの石炭より安く、競争力もあるが、環境アセスメントが必要で開発の障害となっている。
 IEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)の補助金に対する標準の計測法 PSE(Producer Subsidy Equivalent 1990年のUSドルで表わす)を使って、ドイツ、スペイン、イギリスの補助金の推移を表4に示す。またこの効果を表わす石炭生産量の推移を表5に示す。
 ポーランド:石炭価格は1990年代初めに凍結された。労働生産性は低く年々損失は拡大した。改革は採算の取れない鉱山の運営放棄を禁止する鉱山法のため困難である。にも拘わらず、生産は1990年から1千万トン減少し労働者も78,000人減っている。1997年遅く新政府が選出されて、自由市場経済と国際競争に石炭産業を適合させるプログラムという、前政府の計画(1996年5月)を引き継ぐものと期待されている。この目標は2000年には、1995年の水準から120百万トン(約13%)生産を減らして、輸出量を1995年の32百万トンから、2000に20百万トンに減らそうというもので、1998年には石炭産業は採算の取れるものとなると期待されている。2003年には、一般炭の輸出量(17.5百万トン)は世界の輸出量の3.3%を占めている。
 ロシア:ロシアの石炭生産は、国内需要の落ち込み、プラント・施設への再投資がないなどのため1988年以来落ち込んでいる。採鉱コストと運航コストの高騰、配送と品質の信頼性のために、輸出競争力はなくなっている。石炭産業は、国防、農業についで多額の補助金を受け、1994年には2億US$を受けている。Rosugol(政府の石炭会社)の民営化と補助金の打ち切りを目標とし、閉山計画(46、内20が閉山された)と現存プラントと施設の復興を含む改革案が、1993年半ばに始った。1996年2月、大統領令「石炭産業構造の強化対策」によって、234の炭鉱の内140を閉鎖すること、RosugolのRussian Coal Companyへの改革、その14の地域生産会社の独立性強化を求めている。世界銀行がこの改革に支援を表明したが、1996年末に改革の効果に疑問がもたれて、その後の基金提供は行われていない。政府は、本来の改革より負債返済に当てる模様と報告されている。多くの問題が残されている。従来の市場への輸出は1990年の42百万トンから、1996年の8.5百万トンに落ちた。全輸出量は半減したが、日本、韓国、デンマーク、フィンランドへの輸出が、それ以上の落ち込みを防ぐものとなった。しかし、この輸出の狙いは経済性より外貨獲得にある。2003年には、一般炭、原料炭の輸出量は世界の輸出量の8.8%、4.8%をそれぞれ占めている。
4.生産と輸入をする国
 中国:中国は1996年、世界貿易の8.3%を担っている。北部地方の石炭の輸出、南部地方の石炭の輸入と二つの役割があり、石炭産業の将来について、不確定要素を多く持っている。国内消費を優先し輸出を制限するか、外貨獲得のため輸出を増やすか、不確定である。また、非商業目的のための政策など、政府の産業政策によって、不確定要素は一層大きいものとなる可能性もある。炭鉱には、石炭産業省によって管理される国営炭鉱、地方政府によって運営される地方政府炭鉱、郡、村、個人または小組織によって運営される私営炭鉱の3種がある。1970年代終わり頃、農村地帯の石炭不足を解消するため、集団郡区レベルの個人炭鉱の開発を奨励した。現在国の生産の約35%を生産している。1980年代の国営炭鉱への投資は低い。一方、政府は、小規模の運営は非効率であると考えている。1994年で郡区炭鉱の35%は許可なしに運営されており、70%は安全基準を満たしていない。1994年に採用された政策では、この集団郡区炭鉱の限界を克服し、生産を増やすこと、主要な国営炭鉱の建設を加速することとし、新炭鉱の開発と現存炭鉱の効率改善、海外投資による資金の確保、鉄道輸送の改善、価格政策の再検討、炭鉱地帯の発電プラント建設およびクリーンコールテクノロジー開発の加速を掲げている。1996年をピークに減産傾向にあったが、2001年以降国内需要の伸びに応えるため、大幅に生産が伸びている。2003年には、一般炭、原料炭の輸出量は世界の輸出量の15%、7.3%をそれぞれ占めている。
 インド:石炭はインドの主要な商業的な一次エネルギー資源であり、今後10年間の石炭需要の急速な拡大に対応するものといえる。石炭は最も安い燃料源で、全熱需要の約70%が賄われている。残りがセメントと鉄鋼生産に使われている。石炭産業は国営だが、現在変わりつつある。独立の電力生産への海外投資は歓迎されている。新規の発電所を含めると、石炭火力の発電規模は2010年までに100GWを超える可能性がある。資源量は、計画されている産業発展を賄うに十分であるが、生産量が需要に応えて拡大しない。鉄道輸送能力も不十分である。海外投資の奨励策、石炭産業の規制緩和等、産業構造改革が進められつつある。1994年の法改正で、炭鉱の売却、石炭のユーザーとのジョイント・ベンチャー設立などができるようになった。1997年2月にインドの私企業は石炭掘削区画の入札に参加し、2000年からは自由な価格で販売できることになった。外国企業も50%までは資本参加できる。また第8回5か年計画(1992-1997)の達成に向けて、坑道技術、掘削機等の機器の提供で参加することが歓迎された。
 現在、国内炭の使用を奨励するため、貿易には制限を課しているが、自由化の兆候もある。一般炭の輸入税が1994年85%から35%に、さらに1996年には20%まで下げられる。コークス原料炭は5%に下げられる。政府の試算では、インドの石炭価格の45%が採炭費、47%が鉄道輸送費、8%が政府への鉱区使用料である。政府は鉄道運賃と鉱区使用料は、国内産業の国際競争力に輸入税の撤廃よりはるかに大きいダメージを与えていると考えている。
<図/表>
表1 世界地域別石炭生産量および生産比率の推移
表2 日本の一般炭輸入価格動向
表3 アメリカ石炭産業の生産量(1990年、1995年)
表4 ドイツ、スペイン、イギリスの石炭産業補助金の推移
表5 ドイツ、スペイン、イギリスの石炭生産量の推移
図1 世界の主要な石炭貿易(2003年)
図2 世界の一般炭、原料炭別の輸出量(2003年)
図3 世界の石炭生産(2003年)
図4 世界の石炭生産量の推移
図5 主要輸入国における石炭輸入量(2003年)
図6 世界の石炭消費量の推移
図7 日本とヨーロッパの一般炭輸入価格の推移
図8 我が国の輸入炭FOB価格の推移
図9 スポット価格とベンチマーク価格との関係
図10 主要石炭輸出国の輸出量の推移

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<参考文献>
(1)資源エネルギー庁(監修):1999/2000 資源エネルギー年鑑、通産資料調査会(1999年1月)p396-399
(2)(財)日本エネルギー経済研究所エネルギー計量分析センター(編):EDMC/エネルギー・経済統計要覧(2000年版)、(財)省エネルギーセンター (2000年1月)、p.121-129
(3)International Energy Agency,International Coal Trade,The Evolution of a Global Market,(Jan. 1998)
(4)資源エネルギー庁石炭・新エネルギー部監修 コール・ノート 2003年版 資源産業新聞社(2003年3月) p.131-206
(5)International Energy Agency,Energy Policies of IEA Countries 1999 Review,IEA Publication (1999) p.51-55
(6)資源エネルギー庁:平成16年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書) 
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