<大項目> エネルギーと地球環境
<中項目> 世界のエネルギー情勢
<小項目> エネルギー貿易と市場
<タイトル>
湾岸危機後のOPECの対応 (01-07-04-07)

<概要>
 湾岸危機によってイラクおよびクウェートの原油が国際石油市場から消滅した。これに対しOPEC総会が開催され、生産制限の一部棚上げによって石油市場の混乱はくいとめられた。その後、1993年9月まで生産枠について包括的な合意はできていない。1995年11月の総会で、1996年6月まで1993年9月の生産枠は維持されることになった。イラクの限定的石油輸出の可能性の高まりを反映して、1996年11月の総会でも、1997年1月以降の生産枠を現行に据え置くことを決定している。1998年になると、OPECの原油増産とアジア地域における経済停滞の影響が重なり原油価格が下落したことから、OPECは、1998年3月の臨時総会と1998年6月の第105回定例総会で、合計260万バーレル/日の減産合意にいたっている。
<更新年月>
2000年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.湾岸危機とOPECの対応
 1990年8月、イラク軍は突如クウェート領内に侵攻し、占領した。これに対し国連は直ちにイラクに対する経済制裁を発動した結果、国際石油市場からイラクおよびクウェートの原油は消滅した。これを受けて、9月に急遽OPEC(Organization of Petroleum Exporting Countries:石油輸出国機構)総会が開催され、生産制限の一部棚上げ、各加盟国の能力に応じた増産を開始することを決議した。その結果、価格は一時的に34ドル近くまで上昇したもののサウジアラビアを中心とする国々の増産によりイラク原油とクウェート原油の減少分は完全に相殺され、市場の混乱は最小限にくい止められた。
2.その後のOPEC動向
 湾岸危機以降の生産枠については、危機時に大幅に増産したサウジアラビア、UAE(United Arab Emirates:アラブ首長国連邦)の減産を主張するイランと加盟国の一律減産を主張するサウジアラビアの対立、急速に生産を復帰させたクウェートの枠内取り込みの不調から、1993年9月の臨時総会まで主要国が参加する包括的な合意の形成には至らなかった。
 1995年11月の第99次総会で1996年6月末まで現行生産上限(2,452万バーレル/日)および国別生産枠を据え置くことを決定した。これにより1993年9月の臨時総会で決定された現行生産上限および国別生産枠は、2年半以上にわたり維持されることとなった。
 1996年6月の第100回OPEC定例総会では、イラクの限定的市場復帰の可能性を睨み、同年末までの生産上限を従来の2,452万バーレル/日から2,503.3万バーレル/日に変更することを決定した。この生産上限は、旧上限から(1)同総会で脱退が認められたガボンの割当量28.7万バーレル/日を減じ、(2)イラクの限定的輸出推定量(当時)80万バーレル/日を加えたものである。
 続く第101次総会(1996年11月)では、イラクの限定的石油輸出が近々開始される可能性が高まっていたことから、1997年1月以降の生産上限を、現行の2,503.3万バーレル/日に据え置くことを決定した。なお,最近のOPEC実勢生産量は生産上限を上回っており、一部加盟国による割当超過が顕著である。
 1996年12月9日、ガリ国連事務総長がイラク原油の禁輸措置部分解除を認める最終報告書を国連安全保障理事会に提出した。これを受けて1990年8月のイラクのクウェート侵攻に対する経済制裁で止まっていた原油輸出が約6年半ぶりに再開可能となった。なお、限定的石油輸出は、半年間で20億ドル分の石油(約55-60万バーレル/日程度)を国連の管理下で輸出し、その代金を食糧・医薬品などの人道物資購入等にあてるというものである。
 部分解除は、第2期(1997年6月〜12月)、第3期(197年12月〜1998年6月)と同じ条件で延長され、イラクの原油輸出は限定的、断続的に行われた。
 1997年11月の第103回OPEC定例総会において、生産上限を2,750万バーレル/日に引き上げる決定がなされた。この引き上げは、OPEC生産枠の信用回復をねらって一部加盟国の割り当て生産量の超過を追認するものであったとされている。これにより、OPEC全体の生産量が生産枠に近づいた。
 1998年になると、OPECの原油増産とアジア地域における経済停滞の影響が重なり、原油価格は下降し、1999年2月には9.75ドルの底値をつけた。このような状況の中、1998年3月のOPEC臨時総会では124.5万バーレル/日の、また、1998年6月の第105回OPEC定例総会では、135.5万バーレル/日の減産が、それぞれ合意された。
<参考文献>
(1) 資源エネルギー庁(監修):1997/1998 資源エネルギー年鑑、通産資料調査会(1997年2月)、p.179-180
(2) 資源エネルギー庁(監修):1999/2000 資源エネルギー年鑑、通産資料調査会(1999年1月)、p.164-173
(3) 資源エネルギー庁長官官房企画調査課(編):総合エネルギー統計(平成11年度版)、通商産業研究社(2000年3月)、p.398-399
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