<本文>
1.背景
TMI原子炉事故(1979年3月)を契機に、1980年6月に原子力発電所等周辺を対象とした防災指針が決定された。その後、東海村JCO臨界事故(1999年9月)において我が国初の住民避難等を経験したことを受けて、原子力災害対策特別措置法(以下、
原災法)が制定され、防災指針は2000年5月に
原子力施設等を対象とする形で改訂された。
原子力安全委員会(2012年9月廃止)は、その中で、原子力災害対策重点区域(
EPZ 8〜10km)と予測線量に基づく基準に照らして判断材料を提供する緊急時モニタリング方式を示していた。指針の改定に際しては、ICRP 1990年勧告の介入諸原則、ICRP Pub. 63の介入レベルや
IAEA安全シリーズNo.115の介入レベル等が参考とされた。
原子力防災に関する国際的な動向としては、チェルノブイリ事故等の教訓を活かし、緊急時被ばく状況から現存被ばく状況を経て復旧後の計画被ばく状況に至る際の防護の考え方が、ICRP 2007年勧告(その適用法はICRP Pubs.109, 111)、IAEA原子力防災安全要件GS-R-2(2002年に作成し、現在改訂中)等の国際基準に示されている。このため、緊急時モニタリングに対しては、不確実で不測かつ複雑な緊急時被ばく状況から現存被ばく状況、計画被ばく状況へと迅速・適宜に移行するための防護判断と被災の影響評価に役立つ情報提供を行う機能が要請されている。
原子力安全委員会は、このような国際基準の動向を継続的に調査していたが、2011年3月に発生した福島第一原子力発電所事故を教訓として、防災指針見直しの中間とりまとめ案(2012年3月)を示した。その後、2012年9月に発足した
原子力規制委員会は、原子力安全委員会の防災指針やその後の見直し案等を引き継ぐ形で、同年10月に原子力災害対策指針(災対指針)を定め、さらに2013年6月に原子力災害対策特別措置法の改正に合わせて災対指針を改正した。この改正では、緊急時モニタリングの在り方に関する検討チームによる検討結果等に基づき、我が国での事故教訓と最新の国際基準(
EAL、
OIL)を取り入れて、緊急時モニタリングの体制と実施方法を示している。EALとOILに関する専門用語とその意味をそれぞれ
表1と
表2に示した。
2.緊急時モニタリングの体制
緊急時モニタリングは、放射性物質若しくは放射線の異常な放出又はそのおそれがある場合に実施する環境モニタリングを指す。その目的は、発災時の環境放射線状況を把握する情報を収集して介入実施基準(OIL)に照らした防護措置実施上の判断材料と、住民等と環境への影響評価上の材料を提供することにある。緊急事態には、周辺環境の事故による
空間放射線量率や放射性物質の大気中濃度と環境試料中濃度を時間・空間的に連続的に把握し、その結果を関係者間で情報共有するとともに公表し、住民と防災業務従事者の防護措置実施上の判断材料として役立てる。
事前対策では、迅速なモニタリングを可能とする計画を準備するとともに、モニタリング要員や資機材の不足による機能不全が生じないような対策が必要である。実施体制では、国、地方公共団体及び原子力事業者の3者が目的を共有し、緊急時モニタリングの各担当の責任を果たしつつ連携し、必要に応じて担当を補い合い、さらに、関係指定公共機関(専門機関)の支援を得る構図になっている(
図1参照)。
国は、緊急時モニタリングの統括、実施方針の策定、実施計画及び動員計画の作成、実施の指示及び総合調整、データの収集と公表、結果の評価並びに事態の進展に応じた実施計画の改正等を行うほか、
UPZ内外での緊急時モニタリング、広域モニタリング(空域、海域)を実施する。地方公共団体は、地域における知見を活かし、緊急時モニタリング計画の作成やUPZ内外の住民生活区域や沿岸域の緊急時モニタリングを実施する。原子力事業者は、放出源の情報提供のほか、施設周辺地域等(敷地境界、UPZ立入禁止区域、濃度限度超え区域)の緊急時モニタリングに協力する。
また、国は、立地道県に必須機能を集約した緊急時モニタリングセンターの準備と指揮(発災当初は立地道県が代行)、事前に作成された地方公共団体の緊急時モニタリング計画を参照した実施計画策定上の事前情報等の準備(発災時策定の迅速化)並びに事故状況に応じた具体的な記載(実施項目と実施主体等の項目)、さらに、初動対応(発災時で実施計画策定以前)並びに動員計画(広域化・長期化に備えた要員や資機材)の事前準備を行う。緊急時モニタリンの参画者は、センターの円滑な運営のため、平時から連絡会、訓練、研修を通じて、意思の疎通、測定品質の向上に努める。
上記3者(国、地方公共団体及び原子力事業者)と専門機関は、測定結果をOILに基づく防護措置の実施判断に活用できるように、緊急時モニタリングの体制と測定性能(適切な精度)の維持に努める一方、国は、緊急時モニタリング結果を集約し、解析・評価して迅速に公表する体制を整備する(解析・評価では気象データや大気拡散解析結果の参照点や地域特性を考慮した解釈上の留意点を事前に整理する)。
3.緊急時モニタリングの実施段階
緊急時モニタリングは、初期モニタリング(危機管理)、中期モニタリング(影響管理)、復旧期モニタリング(復旧/長期復帰活動)の3段階からなる。
初期モニタリングは、「初期対応段階」において実施する。国、地方公共団体及び原子力事業者は、「警戒事態」において緊急時モニタリングの実施準備、「施設敷地緊急事態」(原災法第10条通報基準)において緊急時モニタリングセンターの立ち上げと実施開始、「全面緊急事態」(原災法第15条宣言基準)においてセンター指揮系統の確立及び緊急時モニタリングの実施へと進み、その結果は、OILに照らして優先項目を考慮し防護措置の実施判断に活かされる。ここで、判断材料となる項目は、原子力災害対策重点区域を中心とした空間放射線量率及び放出核種の大気中濃度(放射性希ガス、
放射性ヨウ素等)、環境試料中濃度(放射性ヨウ素、
放射性セシウム、ウラン、プルトニウム、超ウラン元素のアルファ核種等)、さらに、広範な周辺環境における空間放射線量率及び放出核種の大気中濃度である(注:放出核種の地表面密度を含む)。
中期モニタリングは、中期対応段階において実施する。その実施結果を、周辺環境の放射性物質・放射線による全般的影響の評価と確認、人体の被ばく評価、各種防護措置の実施と解除の判断、並びに風評対策等の判断に用いる。モニタリング項目は、初期よりも充実され、住民等の被ばく線量の推定、さらに、復旧期モニタリングも含め、実際の個人被ばく線量の推定又は個人線量モニタリングが行われる。
復旧期モニタリングは、復旧段階において、事故の収束後も実施する。発災後の復旧に向けて、以下の判断等を行うため、国、地方公共団体等は、環境放射線モニタリングにより放射線量及び放射性物質濃度の経時的な変化を継続的に把握する。
・避難区域見直し等の判断を行うこと。
・被ばく線量を管理し低減するための方策を決定すること。
・現在及び将来の被ばく線量を推定すること(個人線量推定)。
なお、中期モニタリング及び復旧期モニタリングの在り方、防護措置の実施方策に対応した環境モニタリングの在り方については今後、さらに検討する予定となっている。
4.緊急時モニタリングの実施方法
原子力災害発生時に、上記3者(国、地方公共団体及び原子力事業者)と専門機関は警戒事態から緊急時モニタリングの実施を準備し、施設敷地緊急事態において、国が緊急時モニタリングセンターを地方公共団体の協力を得て立ち上げ、動員計画に基づき動員を要請し、参集した要員に災害情報を提供して、国の指揮の下、緊急時モニタリングを開始する。国は、周辺住民の居住分布と地形を考慮し、原子力事故の状況及び気象予測や大気拡散予測の結果等を参考に速やかに緊急時モニタリング実施計画を策定し、全面緊急事態までに各分野の緊急時モニタリングを統括して管理する。この実施計画は、事態の進展に応じ国が随時改正する。なお、被災等で実施が不十分な場合、実施体制の整備には気象・大気拡散予測の結果を考慮し、また、緊急時モニタリングの長期化や広域化の場合には事前の動員計画で対応する。
初期モニタリングでは、OILによる防護措置の判断に必要な空間放射線量率の測定を重視する。なお、放射性ヨウ素を中心とした空気中放射性物質濃度も測定し、順に測定対象を拡大する。原子力施設からの放出放射性物質濃度や施設敷地境界の空間線量率等の放出源モニタリングは、発災元施設の原子力事業者が行い、結果を緊急時モニタリングセンターに通報する。緊急時モニタリングセンターでは、災害の状況に応じ、優先すべき測定対象に重点的に取り組み、要員や資機材の効率的な活用に努める。
緊急時モニタリングの結果は、緊急時モニタリングセンターでその妥当性を判断後、国で集約し、一元的に解析・評価して、OILによる防護措置の判断等のために活用する(
図1参照)。国は、気象データや大気拡散解析の結果を参考にして緊急時モニタリング結果を解析・評価し、すべての解析・評価結果を分かりやすく、かつ迅速に公表する。
中長期モニタリングでは、環境中の放出放射性物質等への適切な対応や復旧に向けて、避難区域の見直し等や被ばく線量の管理と低減の判断、そして、現在及び将来の被ばく線量の推定を行うため、環境放射線モニタリングにより放射線の線量及び放射性物質濃度の経時的変化を継続的に把握する。なお、中長期にわたる環境放射線モニタリングを有効に行う観点から、関係機関の能力を効率的かつ機能的に行うため、データの収集・保存・活用を一元的に行うシステムを確立することが必要とされている。また、復旧に向けた個人線量の推定は、行動調査結果と環境放射線モニタリングの結果を照合して行うか、又は、個人線量モニタリングの実測値を用いるなどの方法で精度を高めることができるとしている。
5.補足説明
緊急事態においてモニタリングを実施し適切に意思決定に反映していくための具体的な枠組みについて、また、放出源からの距離と放出後の経過時間に応じた緊急時モニタリング方式に関しても検討が進められており、まもなくとりまとめられる見込みである。
なお、緊急時モニタリングに関する上記解説には、新しい専門用語を多数用いているため、
表1と
表2の注釈に簡単な説明を加えている。
<図/表>
<関連タイトル>
緊急時環境線量情報予測システム(SPEEDI) (09-03-03-01)
飲食物摂取制限 (09-03-03-06)
ヨウ素モニタ (09-04-03-10)
環境放射線モニタリング (09-04-08-02)
気象観測 (09-04-08-05)
日本の原子力防災対策の概要−考え方と体制 (10-06-01-01)
原子力防災対策のための国および地方公共団体の活動 (10-06-01-04)
原子力災害対策特別措置法(原災法:2012年改定以前) (10-07-01-09)
原子力施設等の防災対策について(防災指針) (11-03-06-01)
緊急時環境放射線モニタリング指針(2013年改正以前) (11-03-06-02)
<参考文献>
(1)旧原子力安全委員会(旧原安委):原子力施設等の防災対策について(1980年,2000年 一部改訂; 最終2010年 一部改訂)
(2)旧原安委 放射線防護専門部会環境放射線モニタリング中央評価分科会:環境放射線モニタリング指針(改定案)(2010年)
(3)旧原安委 原子力施設等防災専門部会防災指針検討ワーキンググループ:「原子力施設等の防災対策について」の見直しに関する考え方について 中間とりまとめ(案)(2012年)
(4)原子力規制委員会:原子力災害対策指針(2013年9月5日全部改正)
(5)原子力規制委員会:緊急時モニタリングの在り方に関する検討チーム 第1〜5回会議資料
(6)佐藤宗平、山本一也:“我が国の新たな原子力災害対策の基本的な考え方について−原子力防災実務者のための解説−”日本原子力研究開発機構、JAEA-Review, 2013-015(2013)
(7)日本原子力研究開発機構、原子力緊急時支援・研修センター 原子力防災情報、第3回「我が国の緊急モニタリング体制について」(2013年8月)(
https://www.jaea.go.jp/04/shien/research/EP005.html)
(8)原子力防災会議ホームページ:原子力防災対策マニュアル(2013年9月2日一改訂)
(9)国際放射線防護委員会(ICRP):2007年勧告、ICRP Pubs.109,111
(10)IAEA:“Preparedness and Response for a Nuclear or Radiological Emergency” ,IAEA Safety Standards Series No. GS-R-2 (2002).
(11)IAEA:“Arrangements for Preparedness for a Nuclear or Radiological Emergency” ,IAEA Safety Standards Series No. GS-G-2.1 (2007).
(12)IAEA:“Actions to Protect the Public in an Emergency due to Severe Conditions at a Light Water Reactor” ,IAEA EPR-NPP PUBLIC PROTECTIVE ACTIONS (2013).