<本文>
図1に日本における原子力発電所等にかかわる防災対策説明図を示す。日本の原子力発電所にかかわる防災対策では、国の役割は電気事業者(電力会社等)を規制・監督するとともに、地方自治体が実施する諸対策を必要に応じて補完し、また指示、指導、助言することである。一方、
原子力安全委員会の下に設置される緊急技術助言組織は技術的側面から国に対して必要な助言を与える。このような活動をより円滑に行うために、日本原子力研究所(原研(現日本原子力研究開発機構))を中心に緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムSPEEDIの開発が行われ、文部科学省傘下の(財)原子力安全技術センターでその運用と全国ネットワーク化が進められてきた。
(注:原子力安全委員会は原子力安全・保安院とともに2012年9月18日に廃止され、原子力安全規制に係る行政を一元的に担う新たな組織として原子力規制委員会が2012年9月19日に発足した。)
一方、経済産業省では、電気事業者から送られてくる原子力発電所の情報に基づいて、事故の状態を監視するとともに、今後の事故進展を計算機により解析・予測するシステムである緊急時対策支援システム(ERSS)を開発し、原子力安全基盤機構(旧(財)原子力発電技術機構)において整備・運用が行われている。このシステムは、経済産業省原子力安全・保安院緊急時対応センターや国の緊急時対策本部、原子力発電所を対象とした緊急時対策拠点施設(
オフサイトセンター)等と結ばれ、緊急時には即時に各所の端末に情報が提供される。また、(財)原子力安全技術センターとも専用回線で結ばれ、ERSSによる事故進展の予測結果がSPEEDI解析の原子力発電所の放出源情報に反映されるようになっている。
以上の2つの防災活動支援システムは、すでに24時間体制での実運用に入っており、国の総合防災訓練や地方自治体が実施する原子力防災訓練に訓練情報を提供する形で活用され、また、その経験等を反映しつつ改良が進められている。
以下に、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム及び緊急時対策支援システムの概略を述べる。
1.緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)
災害対策本部及び緊急技術助言組織における防災活動(及びその助言)には、
放射性物質の環境への放出の影響を予測することが必須であり、このために原研(現日本原子力研究開発機構)が開発した緊急時環境線量予測システムを基に文部科学省において緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI:System for Prediction of Environmental Emergency Dose System)が整備された。
図2にSPEEDIの構成を、
図3に処理の流れを示す。
システムの中心となる計算機(以下「中央情報処理計算機」という。)は、原子力安全技術センターに設置され、ネットワークシステムを構築している。機器の構成は、以下の通りである。
(1)文部科学省に、緊急時指示及び図形表示のための端末を設置している。
(2)対象となる地方公共団体に、テレメータシステムのデータを受け、中央情報処理計算機に転送するためのワークステーション(以下「中継機I」という。)を配置している。
(3)中央計算機において作成した計算結果図形を受信し、これを表示するためのワークステーション(以下「中継機II」という)を地方公共団体に配置している。
(4)気象庁の
AMeDAS(*1)データを受信するため、MICOS(*2)システム(日本気象協会)と接続している。
システムの動作は、1)平常時における気象・モニタリングデータの収集とこれらのデータの統計処理、及び2)緊急時における放射性物質の影響予測計算処理等の動作に分類される。
平常時には、緊急時の予測計算処理に必要な基礎データを作成するため、以下に示す気象データ等の収集、統計・予測処理等を常時自動的に処理している。
(イ)地方公共団体における環境放射線監視データの集信
(ロ)AMeDASデータの受信
(ハ)気象データ(風向・風速)の統計処理
放射性物質の移流・拡散等の計算は、システムを緊急時モードに設定することによって行われる。緊急時になると文部科学省は、システムを文部科学省の端末から緊急時モードに設定し、緊急時処理を指示することになる。
(a) 緊急時処理の起動(システムの起動)
(b) 拡散計算等の開始
第一に、風速場計算を実行する。風速場の計算が終了すると引き続きこの風速場の中で、放射性雲がどの様に移流・拡散していくかを求めるために濃度計算を実行し自動的に空間濃度図形及び地表蓄積濃度図形が作成される。さらに、濃度計算の終了後、
放射性核種の種類と量、時間による減衰等を考慮して線量計算を実行し、自動的に
外部被ばくによる実効線量当量図形、空気吸収線量率図形、
吸入による甲状腺線量当量図形等が作成される(
図3参照)。
(c) 図形の確認と配信
作成された図形は、文部科学省端末で確認の後、地方公共団体に設置されている中継機IIに配信する。地方公共団体では、同中継機IIで受信し、蓄積されている図形の中から希望する図形を選択し、図形表示端末に表示することができる。
<注記>
(*1)AMeDAS:Automated Meteorological Data Acquisition System(地域気象観測システム)
(*2)MICOS:Meteorological Information Confidencial Online System(気象情報提供システム)
2.緊急時対策支援システム(ERSS)
ERSS(Emergency Response Support System)は電気事業者から送られてくる情報に基づき、当該原子力発電所の状態を監視し、専門的な知識データベースに基づいて現在の施設の状態を判断し、その後の事故進展をコンピュータにより計算して予測するシステムである。原子力安全基盤機構(当時(財)原子力発電技術機構)において、昭和63年度から経済産業省(当時通産省)の委託事業として開発が進められてきた。
ERSSは、「情報収集システム」、「判断・予測支援システム」及び「解析予測システム」から
図4のように構成されており、次のような情報を提供する。
1) 監視情報:
原子炉の圧力、温度、供給されている電源、各種安全装置の作動状況、原子炉や
格納容器の冷却状態など事故状態を監視する上で重要なパラメータ、発電所に設置されている放射線モニタリングポストの放射線測定値、気象条件、伝送されたパラメータ値の時間変化等
2) 事故状態判断情報:各安全機能が正常に作動し安全が確保されているか否か、また、放射性物質を閉じ込める障壁がどのようになっているかを判断するための情報
3) 解析予測情報:事故が拡大した場合の原子炉施設の状態をコンピュータで解析予測した情報
ERSSの出力例として、事故状態を監視する上で重要なパラメータを発電所の模式的な系統図上に表示した画面を
図5に示す。
<図/表>
<関連タイトル>
緊急時環境線量情報予測システム(SPEEDI) (09-03-03-01)
日本の原子力防災対策の概要−考え方と体制 (10-06-01-01)
米国における防災のための計算機システム (10-06-03-01)
欧州における防災のための計算機システム (10-06-03-02)
<参考文献>
(1)森内 茂、茅野 政道:日本原子力学会誌、Vol.29, No.4, 279 (1987)
(2)石神 努、堀上 邦彦、小林 健介:日本原子力学会誌、Vol.32, No.4, 328(1990)
(3)小林 健介ほか:Development of Computerized Support System for Emergency Technical Advisory Body in Japan, Proc. Int. Top. Mtg. on Probability, Reliability,and Safety Assessment (Pittsburgh) (1989)
(4)小林 健介ほか:J. Nucl. Sci. Technol. Vol.32, No.5, 476 (1995)
(5)石神 努、小林 健介、秋山 敏弘:Development of Evacuation Simulation System, Proc. Sixth Top. Mtg. on Emergency Preparedness and Response (San Francisco)(1998)
(6)(財)原子力発電技術機構:平成9年度実用原子力発電施設緊急時対策技術に関する報告書、NUSIRC/97017K (1998)
(7)京都大学原子炉実験所(編):原子力緊急時と保健物理に関する専門研究会報告、KURRI-TR-22(1996.8.8)