原子力政策円卓会議

原子力政策円卓会議 げんしりょくせいさくえんたくかいぎ

 1995月12月の「もんじゅ」ナトリウム漏洩事故を契機に国民の間に原子力に対する不安や不信が高まり、原子力政策に対して透明性、説明責任が求められる状況に至ったことから、国民から多様な意見を募り今後の原子力政策に反映することを目的として、原子力委員会が1996年3月に設置した意見交換会議。大学教授、ジャーナリスト、評論家など6名の有識者をモデレータ(運営等担当)とし、国民各界各層からの招聘者と原子力委員を交え1996年10月までに11回の議論を行った。これらの議論を踏まえて、原子力委員会に2回の提言が行われ、「原子力に関する情報公開及び政策決定過程への国民参加の促進について」と「今後の原子力政策の展開に当たって」が決定された。1998年9月には議題や参加者の選定をモデレータの責任で行うなど、より中立性に配慮した形の新たな原子力政策円卓会議が設置され、2000年2月までに12回の議論が行われた。議論の結果は「原子力政策円卓会議からの提言−モデレータからのメッセージ」として取り纏められ、この円卓会議の役割を終えた。


<登録年月> 2010年10月

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